未だ理解されていない年金制度への加入

社員10名・クリーニング業A社では、人手不足の折2年ぶりに50歳の男性B男の応募がありました。採用面談を行ったところ、年齢は気になりましたが、職務技術以外にもHPなどネット対応が得意な人材のため採用を決めました。

 

ところがその後、B男の希望する勤務条件は、常勤で労働保険(労災保険+雇用保険)には加入するが、社会保険(厚生年金+健康保険)には加入しないということが判明し、社長は対応に苦慮していました。

 

 B男の言い分は、厚生年金の加入歴はないし国民年金保険料も払っていないのでどうせもらえない、今更保険料を払っても元が取れない。そのため、手取り額を減らしたくないといったもので、年金制度への理解不足が感じられました。

 

何とか採用したい社長は、社会保険制度の説明を試みました。

 

①2017年の法改正より国民年金と厚生年金とを合算した受給資格期間が25年から10年となったことで、これまで年金保険料の未納期間が長い労働者でも年金をもらえる機会が開かれたこと、

 

②厚生年金では社会保険料の半額を会社が負担しており、掛金に対して支給総額は元が取れること、

 

③マイナンバー制度で税務、社会保険、労働保険制度が紐づき、フルタイム正社員として勤める以上、社会保険の加入を逃れることはできないこと、

 

④老後に終身の定額収入(年金)があるのとないのとでは生活の安定感が異なること。

 

しかし、B男はなかなか納得しませんでした。

 

交渉の結果、社長が経営する社員10名以下の2社で各20時間勤務(※1)することで、社会保険の加入を当面見送ることにしました。けれども、B男の年齢と老後の生活を案じた社長は、いずれ厚生年金に加入することで、納付期間の10年を少しでも早く満たせるように考えています。B男が自ら保険料を納付することを条件に、国民保険料に当たる額を手当てとして支給することにしたのです。

 

社長は、そのうち社会保険に加入させるつもりです。社会保険料の会社負担分は賃金総額の概ね15%に達するため、社会保険の加入をためらう経営者が多い中での温情対応でした。

 

他社でも、制度に対する理解不足により、社会保険の加入を拒む事例は見られます。公的年金制度では、国民年金は国庫が保険料の半額をもち、厚生年金は会社が半額を負担している終身年金です。保険料の納付額や受給者の余命にもよりますが、受給開始から平均余命まで生きた場合には、一般的に民間保険商品よりは受取総額が有利な設計となっています。

 

税金も社会保険料も天引き納付され、年末調整も会社任せとなるため、手取り金額のみに関心を持ち、税務や社会保険制度に無頓着な従業員が多いと感じます。近年、高等学校の特別授業で、社会保険や税務、金融をテーマとして取り上げ始めています。

 

学生には、社会人以上に実感がわかず理解されにくい分野ですが、「給与の手続きは会社の人がやってくれるからいいや」と人任せにせず、制度を正しく理解し稼いだ財産をどのように管理し活用していくかを理解することが必要です。社会に旅立つ前に、教育課程で組み込まれることが望まれます。

(※1)社会保険の加入要件は、従業員500人以下の企業の場合、週の所定労働時間などが通常の労働

 

者の4分の3以上であること。「501人」以上の企業場合、週20時間以上、月8.8万円以上など。

なお、今年10月より「501人」の部分は、「101人」以上、2024年10月より「51人」以上に拡大される。

 

第一法規『Case&Advice労働保険Navi 2022年6月号』拙著コラムより転載