中小零細企業の社長は、社員は家族同然と考え、社員の将来を想いやり給与や福利厚生の改善に力を注ぎます。しかし、権利意識が強くなっている近年、誠意が全く伝わらないと嘆くケースが多く見られます。
社員50名の土木業の社長からの相談事例です。
社長は数年前、現場作業員の労働・生活環境の改善に着手しました。正社員化に伴い、社会保険や退職金制度を導入、給与額が毎月変動する日給月給制を廃止し完全月給制へと引き上げ、同時に土日の完全週休2日制へ移行しました。
更に、社員が抱える住宅ローンの金利が下がるように借り換えや必要以上に支払っている生命保険の見直しまで段取りをつけました。一方で、工期を守るために、雨天により現場作業が中止となった場合には、休日に振り替え出勤することを決めるなどし、就業規則も改定しました。
ところが最近、現場作業社員A夫は、こうした恵まれた環境に慣れ切ってしまい、雨天の振替出勤を拒むようになり、工期が遅れはじめました。業界内では作業員が不足し、転職が容易なことを背景に、A夫は強気な姿勢を見せており、社長はどのように対処すべきかと困った様子でした。
就業規則上、休日に振替出勤させることは問題ありませんが、法律論を盾に強引に出勤させても、人手不足のさなかに退職されては元も子もありません。
そこで、正社員として働くことの権利と義務、完全月給制や完全週休2日制に移行した当時の経緯、同業他社と比較しての高給や労働時間が短く有給休暇が取り易いこと、他の中小零細企業では希な好待遇であること、を何度も丁寧に説明したところ一旦は納得しました。
ただ、その後も同僚に不満を漏らしているようで、いつまた無茶を言い出すか気が気ではありません。
一般的に社員が定着しにくい中小零細企業では、問題を起こす社員に対し、就業規則などの各種法律論を前面に出して行動を改めてもらおうとしても、うまくいくとは限りません。経営者の社員への想いは理解されにくいものだと認識することが大切です。
社員への想いを繰り返し言葉と態度で発信し、いつか社員に自分の誠意が伝わると信じ続けることに意味があります。「人事を尽くして天命を待つ」の姿勢です。
第一法規『Case&Advice労働保険Navi 2022年1月号』拙著コラムより転載